第12話 最強の男は誰だ!?

★プライドの快進撃 2000年頃〜

アントニオ猪木は色々あって佐山聡と決別することになります。そうなるとUFOの存在自体があやふやなものとなり、猪木はプライドに接近しておりました。プライドを利用して格闘技界を操ってやろうという猪木と、猪木を広告塔に利用して格闘技界の雄として君臨しようとするプライドの利害が一致して、猪木は2000年8月にプライドのエグゼクティブプロデューサーに就任することになります。言って見ればこれは狐と狸の化かし合いのようなものですが、結果としてプライドは、猪木を利用することによって多くのプロレスファンを取り込むことに成功するのです。
もともとプライドとは、高田復活をかけた一回こっきりのイベントのはずでした。でも格闘技は金になる!と思った得体の知れない連中が、格闘技で一儲けしてやろうと本腰を入れることになるのですが、その営業戦略の第一環が、プロレスファンの取り込みだったのです。

実のところ、総合格闘技そのものについては、昔から無いことは無かったのです。佐山の修斗がそうでしたし、その他にも大道塾、シュートボクシングなど、色々な流派がありました。だったら、後に大晦日ゴールデンタイムTV中継を果たすことになるまでの人気を博すことになるプライドと、それまでの総合格闘技の何が違ったのかと言えば、なんのことはありません。マネジメントの力です。あとはしいて言うなら時代の流れというヤツでしょうか?
とにかく確実に言えることは、何故プライドがブームになったのかと言えば、単純に「総合格闘技そのものが見ていて面白いものだったから」という理由では無いということです。プライドは猪木を取り込んだことと、プロレスラーのドラマを主体に置くことによってファンを取り込み、着実に収益を上げて行くことになったのです。
まずはプライドとプロレスラー関連のドラマというと、高田延彦の復活ストーリーと、桜庭和志の快進撃です。

「プロレスラーは本当は強いんです!」

そんな心の叫びを胸に師匠・高田延彦の敵、グレイシー一派を狩って行く桜庭の姿は多くのファンの心を揺さぶりました。また、2000年頃からは小川、藤田の他に元・SWSの谷津、新日本プロレスのケンドー・カシンなどプロレスラーもチラホラ参加するようになり、ますますプライドはプロレスファンの注目を浴びるようになって行ったのです。
さてそこでプロレスラーが名だたる総合格闘家を次々と撃破して行くような展開となれば、プロレス界の未来は明るいものだったのかもしれません・・・でも現実はそう甘くは無く、プロレスラーたちはプライドの舞台で醜態をさらしまくることになったのです。
一方、プロレスラーを養分として着実に肥え太ったプライドはその資金力にモノを言わせて次から次へと世界の名だたる格闘家を招聘し、プライドは名実ともの最強の男を決める舞台へと成長して行ったのです。

★プライドと総合格闘技のその後 2001年〜2004年

プライドの成功により総合格闘技というジャンルが完成されると、それまでは立技一本で勝負してきたK−1と、その後結局プライドとケンカ別れすることになったアントニオ猪木も新たなイベントを立ち上げることになり、総合格闘技の全盛期が訪れることとなります。それは2001年末頃から、大晦日ゴールデンタイムに3局同時で総合格闘技のTV中継をやっていたことでその旺盛具合が知れることでしょう。
世界最強の男は誰なのか? それこそが筆者がプロレスの世界にのめり込んで行った一番の命題でした。それならばこうして総合格闘技の発展によって、最強の男が誰なのかが解明されて行ったのかと言えば、結果はまるで逆だったのです。世界最強に最も近い男たちが集まれば集まるほど、世界最強の男の姿はどんどん遠ざかって行ったのでした・・・

まず筆者に一つの現実を突きつけてくれたのは、グレイシー柔術です。最初にホイス・グレイシーを見たときの衝撃、それは凄かったです。
「世界にはこんなに強い男がいたのか! こんなに実戦的な流派があったのか!」
グレイシー柔術こそが世界最強なのではとマジで思いましたよ。でもその後、ヘンゾ、ホイラー、ハイアンなどと言ったグレイシー柔術の使い手が次から次へと現れてみたものの、本当に強かったのはホイスとヒクソンだけだったのです。
「なんだ結局、強いのはグレイシー柔術ではなくて、ホイス・グレイシーとヒクソン・グレイシーだったんだな。」
強いのは流派ではなくて個人そのものである、まずはそれが筆者なりに出した結論でした。

次に桜庭のグレイシー狩り、ケンドー・カシンのハイアン・グレイシーへのリベンジストーリーというものも、筆者に最強幻想の現実というものを教えてくれました。

「もうグレイシー柔術なんて怖くない。研究すれば攻略は簡単だ。」

一度ハイアン・グレイシーに敗れた新日本プロレスのケンドー・カシンが、ハイアン・グレイシーとのリベンジマッチが決定したとき、このような感じのことを言っておりました。実際、カシンは見事ハイアンへのリベンジを成しております。
また、桜庭和志もグレイシー狩りの集大成としてホイス・グレイシーを見事に「攻略」して勝利を収めておりました。ホイスの攻めを完璧に封じ込めた桜庭の戦いっぷりは、完全にグレイシー柔術を見切っていたと言えるでしょう。
・・・でもそれって何か違うのではないでしょうか? 対戦相手のビデオを何度も見直して攻略法を掴んでシミュレートして・・・それで「グレイシーは怖くない!」とか「勝った!勝った!」とか言われても、なんか「世界最強」ってのとは違うような気がしませんか? 
そもそもカシンはハイアンには一度敗れています。これがもし古代ローマのパンクラチオン、あるいは日本の戦国時代、幕末なんかだったら一度負け即死です。相手の研究も何もあったものではありません。もっともこれは、本家本元のグレイシー一派からして、対戦相手のことを研究に研究を重ね、必ず勝てると確信しなければ戦わないとのことなんですけどね・・・
世界最強の男になるためには、まずは対戦相手のビデオを手に入れて研究することから始めなくてはいけないという現実に、筆者は何とも言えない脱力感を感じてしまいました。

グレイシー柔術の出現によって、最強というのは幻想でしかないと分かりかけて来た筆者は、急激にプライド、総合格闘技に対する興味を失って行きました。そんな筆者の最強幻想にトドメを刺してくれたのは、2002年と2004年にそれぞれ行われた小川直也vsマット・ガファリ、吉田秀彦vsルーロン・ガードナーの2戦でしょう。
小川と吉田はそれぞれ、元柔道の世界チャンピオン、ガファリとガードナーはそれぞれ、元レスリングの世界チャンピオンです。柔道マスターとレスリングマスターが戦ったら、いったいどっちの相手を転ばせる技術が勝っているのか? どんな凄い組み技の応酬になるだろう? そんなワクワク感こそが「異種格闘技戦」の醍醐味なのではないかと思います。
でも、この2戦は異種格闘技ではなく「総合格闘技」だったのです。柔道マスターとレスリングマスターの戦いは、柔道の豪快な組み技投げ技と、アマレスのタックルバック取りの攻防などにはならず、双方距離を取って貧弱な打撃でペチペチやりあうという結果になってしまったのです・・・当時のジャーナリストの誰かが、「テニスの世界チャンピオンとバトミントンの世界王者が卓球で決着をつけたような試合」みたいなことを言っていたのですが、正にそんな表現がピッタリだったと思います。

総合格闘技のリングにあがったら、一番強いのは総合格闘技である。つまりはそういうことだったのです。総合格闘技というのは何でもアリの戦いという訳ではなく、それはたんに「総合格闘技」という名の格闘技でしかないと、それは考えてみれば当たり前の結論だったのですよ。吉田もガードナーも、それが分かっていたからこそ、今までに培った自分の技術は封印して、総合格闘技で勝つための新たな技術を身につけて戦ったのです。極め尽くした柔道やレスリングのワザよりも、付け焼き刃であっても総合格闘技の技術の方が勝つ見込みが高いと思ったからこそ、小川もガファリもそうしたのです。

だったら総合格闘技を極めし者こそが最強なんじゃないかと言ったら、それもまた違うでしょう。なぜなら総合格闘技にも総合格闘技別なそれぞれのルールがあるからです。プライドにしたところで所詮、それはプライドというルールの名の格闘技でしかないのですよ。
プライドの戦いはロープに囲まれたマットの上というリングで行われます。プライドにおいて打撃の技術の重要さというのは、そもそもこの戦うリングの前提がこうだからこそのものだということにお気づきでしょうか? たとえばこれがもし、やわらかいマットの上ではなく、固いコンクリートの上での戦いだとしたらどうでしょう? そうなれば柔道の投げ技のダメージなど計り知れないものになります。投げで頭でも打ち付けてやれば一発KO間違いなしです。服を着ているか着ていないかでも投げ技の有効性は全く違ってきます。
また、リングを囲んでいるのが柔らかいロープではなく、5寸クギで敷き詰められた壁だったとしたら? 相撲取りこそが最強になるような気がします。他にも、リングが6m四方のような狭い場所ではなく、果てしなく広い場所で、しかも時間無制限の勝負だったとしたら? 持久力が重要になるかもしれません。
そのように色々と考えてみると、結局のところ最強の男とは・・・

・ルールを熟知して最大限有効活用出来る戦い方を研究する
・出来うる限り対戦相手の情報を仕入れて研究する

以上の二つを極め尽くした男ということになります。筆者が10年間格闘技を見続けて得られた結論とは、こういうことになりました。
なんとも夢の無い話ではありますが、でも逆に、世界最強というのは本当に本当の夢の中でしか実現できないものなんだなということが分かって、むしろ夢が広がったような気もします。
それに筆者が世界最強という幻想の正体を自分なりに結論付けるには、実に多くのレスラー、格闘家、実業家による栄光と苦闘の積み重ねの歴史があったのです。そんな奥深く壮大な歴史をリアルタイムで見てこれた筆者は本当に幸せ者だったと思いますよ。
さてそれでは最後・・・そんな筆者が選ぶ、世界最強に最も近いと思う男を発表して、世界最強の章を締めくくることにします。
筆者的にコイツはマジで物凄く強い!と思ったのは、

ホイス・グレイシー
ヒクソン・グレイシー
ヴォルク・ハン
ジェラルド・ゴルドー

この4人ですね。
まずホイスとヒクソンは別格です。相手のリングに乗り込んで行って並みいる強豪を撃破して行ったのですから。ホイスは結構負けてもいますが、それは相手が研究に研究を重ねた結果なのですから、仕方のないことです。裏を返せばホイス・グレイシーとは、世界中の強豪格闘家が必死に攻略法を探さなくてはいけないほど強かったということなのですよ。

次にヴォルク・ハンについてなのですが、総合格闘技の戦歴で言えば、アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラ相手に判定まで持ち込んだこと以外は実績らしい実績はありません。でも実際にヴォルク・ハンの試合を見て貰えれば分かるかと思いますが、ハンの寝技技術は誰にもマネ出来るものではありません。筆者が見た中で芸術品と言えた格闘術は、ハンの寝技と初代タイガーマスクの空中殺法くらいなものですよ。

最後にジェラルド・ゴルドー。この人は「総合格闘技」では結構負けておりますっていうか大した実績は残しておりません。でもゴルドーは、半ばグロッキー状態の相手の顔面に、何のためらいも無く本気の蹴りをブチ込みますし、対戦相手の目に平気で指を突っ込むことが出来ます。
実際、UFCジャパンでは対戦相手の中井に負けはしたものの、執拗なサミングで中井を失明させたのですから恐ろしいですよ。また、第一回アルティメット大会においてはホイス・グレイシーの腕に噛みついたりもしておりますし・・・
ゴルドーはこのように試合中の素行が悪いために、格闘家として大会に呼ばれることはありません。それは格闘技を「スポーツ」として考えるなら当然のこととは思います。でもそれは裏を返せば、総合格闘技は所詮スポーツだということなのですよ。
確かにゴルドーは、総合格闘技の世界では結果を出しておりません。でも本気のノールールの素手での「殺し合い」をさせたら、ゴルドーは滅茶苦茶"怖い"のではないかと思いますよ。

プライド最強のヒョードルについては、筆者の中ではプライドで最強の男という認識でしかありません。ヒョードルはプライドというルールの中で戦うのに最も洗練研究しつくした男であり、言ってみれば柔道の金メダリスト、ボクシングの世界チャンピオンと同じような存在ですね。総合格闘技の黎明期を戦い抜いたホイスなどとは一線を画すというか同じ土俵で比べようという気はおきません。
桜庭和志についても、プライドルールのミドル級においては強い総合格闘家という以上には見られません。どう見ても桜庭は、対戦相手の目に平気で指を突っ込めそうにはありませんから。桜庭と幾度となく死闘を繰り広げているヴァンダレイ・シウバですが、もし桜庭と本気の殺し合いをやったとしたら、とてもじゃないけど桜庭が相手になるとは思えません。って言うかそもそも、真剣勝負の世界に二度目三度目があること自体おかしいのですから。

さてその後のプライドなのですが、世間一般に最強幻想ガチ幻想を植え付けることに成功し、わが世の春を謳歌することになりました。実際、本気と本気の「プライド」がぶつかりあう試合はド迫力で見ごたえがありましたし、ビッグネームをプロレス的なアングルに乗せたストーリーラインもファンの関心を引きつけました。
でもそんなプライドも、闇世界との繋がりが原因でフジテレビが手を引くと、あっと言う間に崩壊することとなりました。その後も戦極、ヒーローズなどと言った総合格闘技イベントが登場してはいるものの、プライドほどの栄華を誇ることはついぞありません。やってること自体はプライドの時と全く変わってはいないのですけれど・・・総合格闘技というかプライドとは、世界最強の男たちを決めるべく、大物格闘家達がガチでプライドをかけて戦っているのが面白いのであって、決して競技そのものが見ていて面白いという訳では無かったということなのでしょうね。

また、総合格闘技の世界にも繰り出して来た石井館長のK−1も、プライドとの引き抜き合戦、興行戦争の果てに資金難に陥り崩壊してしまいます。一時期のK−1は、曙vsボブ・サップの一戦で大晦日瞬間視聴率で紅白を打ち負かす快挙を成し得たのですが、その後は同じ刺激を求めてのモンスター路線に走り、いつのまにやら立ち技最強を決めるという原点を忘れてしまっていたのです。
結局のところ、プライド、K−1の見せてくれた世界最強とは、マネジメントの力によって作り上げられた幻想だったということなのです。


 第13話へと続く


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